過去の誰かになんと言われようが、その誰かはその頃、どんな状態だったんだろね

過去の誰かが自分に向けていった発言をいつまでも気にすることがある

それこそトラウマレベルで。

自分は言われたことをそうあうものなんだと捉えてレッテルを貼ってしまい

そこから抜け出せなくなることがある

昨日、お客様との話の中で小学生の息子さんの話を聞いた

その方の住んでいる地域は、土地柄もあって、裕福な家庭が多く、私立や中学受験をさせる家族が多いそう

家庭の方針としては、受験をさせなきゃ、というよりも子供の望む選択肢を応援するような感じ

その考え方とても素敵だなあと思っている

現代っこは、SNSの発展で頭が賢くなっているが、人としての心を失っているのではないかという意見が出た

いじめとかもそう

誰かの発言に不用意にのっかり、さらに相手を傷つける

対面でない分言いやすさもあるし、罪悪感もない

たしかにそういう側面はありそうだなあ

やはり、人間関係や心やお金や恋愛の授業があったらよかったなあと最近しみじみ思う

で、一つのエピソードを聞いて考えた、感じた話

今時の小学生が何をして遊ぶのか気になっていたんだけど、今は家の前に溜まってゲームをしているらしい

その子の家はたまり場で、友達とかも遊びに来ているのだそう

なぜ家の前にたまるのかというと、理由はwi-fiが飛んでいるから笑

普段勉強に追われている子供達は家でのゲームを許されておらず、自由にゲームできる環境が欲しいみたい

溜まり場になるとそこは家の前なので、うるさくもなり近所迷惑になる

ある日そのことを伝えられた息子さんは

これ以上人数が増えたらまずいと思ったのか年上の友達に向かって〇〇帰れよ!と暴言を吐いたらしい

息子さん、ちゃんとその言葉は悪いことだと認識をして後で気にしてたらしいんだけど笑笑 →かわいいな

それで後日、年上のクラスの担任が息子さんのクラスに乗り込んできてあの発言について謝れ!と言ってきたという

その先生はおこったり、怒鳴ったり指導をする先生であり、息子さんのクラスの担任は新任の先生で止まらなかったのであろう

その息子さんはショックを受けて学校へ行きたくないと思ったようだ

お母様の対応が素晴らしく、次の日には登校して楽しく過ごしているみたい

本来であれば、当人たちに話し合わせるとか、事情を聞いてから諭す、怒る、をすれば良いのだが・・・

これは、学校の先生が悪いとか、年上の小学生が悪いとかいう話ではなく、(むしろ責めないでいただきたい)

その時誰かの発言で傷ついたからと言ってその発言をした相手だって人間なのだし、正しいかどうかなんてわからないのだから

気にしすぎなくてもいいのかなと思ったのだ

子供の頃、先生はかなり大人で絶対的な存在のように感じていた(真面目な優等生をしようとしてたからか?教師の家庭だからか?笑)

でも、実際自分が20代になるとなんてことない

一人の人間として、めちゃんこ迷うし、ブレるし、正しい行動や冷静な判断ができるわけでもない

これは年齢関係ないことなのかもしれない

だから、別に誰かの発言にその時傷ついたからと言ってそれをいつまでも引きずる必要はないのだろう

どうせ言った本人もそこまで覚えていないのだから

傷ついた、悲しかった、辛かった、イライラした自分を癒してあげて、許してあげて

前に進もうではないか

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